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大暦元宝(だいれきげんぽう)、粗雑な作りで、唐の安西都護府によって鋳造された。安史の乱の後、この軍隊は辺境に孤立され、唐との連絡を絶たれた状況下で、この銅銭を鋳造し続けた。 トングスバシ遺跡から出土した「李明借糧残契」(李明の食糧借用証)の記載では「大暦15年」とまだ大暦の年号が使用されていたが、大暦15年は歴史上存在しない年だったことを彼らは知る由もなかった。