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天祐年間、朱温が白馬の禍を起こし、文津館の十相は失われた。その伝承を守るため、門人らは陰陽の秘術を数巻携えて清河へ逃れ、その後行方知れずとなった。ある者は、彼らは勇敢にして梁を恐れず、書院を建て十相の学問を広めたという。また別の者は、彼らは世俗を捨て方外の鶴のように隠棲したとも伝える。 顕徳年間、世宗は前朝の旧苑を改め、天下の太平を祈るため太平鐘楼を築いた。その頃、里人が山麓で残篇の布切れを拾い、文津館の遺物と伝えた。これこそ十相の書であろうか。果たして真実や如何に。