テキスト
『春の一人酒』
彼女が初めて梨園を訪れたとき、最初に目に飛び込んできたのは、一面に広がる桃の林と、どこからともなく漂ってくる楽の調べだった。
桃の花は艶やかに咲き乱れ、枝々は重なり合って、木と花の迷路のようになっていた。彼女は進むべき方角もわからぬまま、ただ音楽の聞こえる方へと、奥へ奥へと歩みを進めていった。やがて人影が、木々のあいだから少しずつ見え始める。彼女が枝を避けようとうつむき、その直後に顔を上げたとき、春風がそっと頬を撫で、舞い手が散りゆく花びらのようにふわりと目の前へ現れた。
「歌えますか?」と、舞い手が尋ねた。
「少し...」
「では、私の舞いに合わせてくれませんか!」
舞い手はためらいもなく彼女の手首をつかむと、そのまま舞台へ向かって駆け出した。つま先が枝に触れたかと思うと、軽やかに高みへと飛び乗る。
「さあ!歌って!」
彼女は戸惑いながらも、恐る恐る声を響かせ始めた。すると舞い手は、その歌声に合わせて袖を翻し、身をひるがえし、花木のあいだを蝶のように軽やかに舞い巡る。花と人が、人と花が、交わり、重なり、揺らめく影は、美しくも夢幻のようであった。
やがて彼女の歌声からは、最初のためらいが抜け落ち、音程は安定し、響きには冴えが増していった。その旋律は次第に舞い手の動きとぴたりと噛み合い、舞と歌は見事な調和を見せる。
一曲が終わりを迎えたころ、彼女がまだ呆然として立ち尽くしていると、舞い手は蝶のように彼女の胸元へ飛び込んできて、笑いながら言った。「あなたが好きよ!お名前は何て言うの?」
「私は過去を捨てて梨園に入りましたので...白新と申します」
「今つけたの? とても素敵な名前ね! 私は阿朱と言います。あなたが正式に入門したら、一緒に舞いましょう。いいでしょう?」
「...はい」
それが、二人の最初の共演となった一曲であった。その光景を見守っていたのは、ただお天道さまだけだった。
それからすぐに第二曲、第三曲へと続き、二人の舞と歌を目にする者は日に日に増え、その芸を愛する者もまた、雪だるまのように増えていった。
阿朱の舞は、複雑さと華やかさの極みに達し、白新の歌声は、軽やかでありながら塵ひとつ混じらぬ純粋さだと讃えられた。二人が共演するときは、互いが互いを補い、一方が欠けても成り立たぬほど、自然で絶妙な呼吸の一致を見せた。やがて梨園では、彼女たちを「当代の双璧」と呼ぶようになった。
梨園から舞と音楽が途切れることはなく、歳月は、磨かれていく技のあいだを白馬が駆け抜けるように、瞬く間に過ぎ去っていった。
翌年の春、二人は出会いの場となった桃の木の下に、一壺の酒を埋めた。「冬になったら一緒に掘り出して、二人で飲もう」と、そう約束を交わした。
夏の蝉が鳴き始める頃、二人はそれぞれ技の限界にぶつかった。
夏に入り、蝉の声が賑やかさを増す頃、二人はそれぞれ、自らの技の限界にぶつかっていた。ある秋の日、阿朱がふいに彼女の窓辺へ舞い降りてきて、瞳をきらきらと輝かせながら言った。「思いついたわ!今の壁をどうやって越えるか、やっとわかったの!」
「舞ってね、この世のあらゆる生き物たちが共通して話す『言葉』のよ。山河のあいだで、数え切れない生き物たちがどう生きて、どう旅をしているのか...自分の目で見なければ、その神髄を舞で表現するなんてできないわ。決めたの。私は外の世界へ行く。山を見て、水を見て、そしてあらゆる人々の姿を見るの!」
「あなたも、私と一緒に来ない?」
「いいえ」彼女は静かに首を横に振った。「世の中の百の声は、あまりに騒がしすぎます。きっと、私が伝えたい声をかき消してしまうでしょう」
こうして、彼女の蝶は、遠くへ飛び去っていった。
それでも、彼女は悲しまなかった。
出会いと再会は、本来あるべき道理だと、彼女はどこかで信じていたのだ。別れのあとには、当然のように再会がある。誰一人として寂しさを抱く必要はない。互いに自分の信じる道を歩み、より良い自分になってからもう一度出会い、そのとき、今よりさらに完成された舞と歌を、ともに創り上げればよい。そう思っていた。
ある日、新人の弟子が彼女に尋ねた。「朱先生の舞を見たことがありますか?朱先生は、その千変万化の舞い、まるで万象をその身に取り込むかのような技で知られています。一方で、先輩の歌声は純粋にして精緻、俗世をも超えたものと評されています。もし二つの芸が同じ舞台に立てたなら、まさに二つの碧玉が互いに照り映え合うことでしょう!」
そのとき、彼女はふと気づいた。阿朱に会わなくなって、もう幾つもの歳月が流れていることに。
彼女は、かつてふたりで埋めた春酒を探そうとした。だが、あの鮮やかな桃の花が咲き乱れていた林そのものが、もはやどこにも見当たらなかった。
そもそも梨園の中に、本当にあの桃花林など存在していたのだろうか。それとも、あの日の記憶があまりにも鮮烈なせいで、記憶の中の花々にまで色が差してしまったのだろうか。
彼女には、もう確かめる術がなかった。あの蝶のように舞い降りてきた人物も、夢のようだった舞と歌も、本当にこの世に存在したものだったのかどうかさえも、もはや定かではなかった。
あの日の空と大地は、山と川は、覚えていてくれるだろうか。
彼女は市で酒を一壺買い求め、二人ぶんの杯を用意し、天辺を流れていく雲を仰ぎながら、ひとり静かに飲み干した。