テキスト

玉杯が二つある。ひとつは空でーー 彼女からの依頼を引き受けた証である。 もう一つには酒が注がれ、まだ温もりが残る。杯の縁には、淡い口紅の跡が見える。彼女が何者なのかも、取ってきた「弦」が合うかどうかも、確かめる術はない。 この寒さの中で一杯の酒を温めるために、彼女はどれほど心を尽くしたのだろう。 それはあなたへの謝礼であり、彼女がこの世に遺した唯一の痕跡である。