テキスト

中国における綿の栽培は、南部・西南・西北の地から始まったとされる。記載によれば、綿の伝来には二つの道があった。それは、南回りの「南道綿」と、西域を経由する「西道綿」だ。西域で育てられた草綿は「白疊」または「白細」と呼ばれ、唐から五代にかけての時代にはその栽培が西域一帯にとどまり、東は河西の地がその境だった。やがて宋代になると綿は広く普及し、衣服や寝具の素材が麻中心から綿中心へと移り変わる、大きな転換点を迎えることになる。新疆地域の晩唐期(9世紀ごろ)の遺跡から出土した綿と草綿の種は、かつてこの地域で綿が実際に生産されていたことを、今に伝える証拠だ。