李昪の死後、織金閣は南から興り、中原各地で機を窺って動いていた。しかし今回の契丹南下による晋攻めにおいて、織金閣は常とは異なり、少しの動きも見せていない。何かより大きな陰謀を企んでいるのかどうかは不知である。