テキスト

猫には、本来名前などなかった。ところが魚をたっぷり食べるようになると、不思議と名前が必要になってくる。 釣り人たちは、小さな子猫に「コイ」という名を与え、たいそう可愛がっていた。拳ほどの大きさしかなかった頃から、コイはすでに釣り人たちの顔と匂いを覚えていて、彼らのそばにちょこんと座り込み、静かに一緒に魚が掛かるのを待つ。 その健気な姿が愛おしくて、誰からともなくコイに小魚を放ってやるようになった。すると間もなく、コイの際立った好みが明らかになる。必ず最初にコイを食べるのだ。 黒でも白でも、金色でも斑模様でも、大きくても小さくても、どんな魚を山のように投げ与えても、コイはその中から寸分たがわず錦鯉だけを選び出し、そっと脇へくわえて運び、そこでむしゃむしゃと平らげる。 鯉は骨が多い魚なので、皆はコイの喉に骨が刺さらないかと心配になり、息をひそめて見守っている。 だが、そんな心配は猫には無用だった。鋭い爪と尖った牙を備えた猫にとって、骨だらけの魚など朝飯前である。 やがてコイは、宝物を差し出すように、きれいに残った魚の骨を目の前に押しやってみせる。それを見たとき、誰もが悟った。この猫は、生まれつき鯉を食べるために生まれてきたのだ、と。 人の世には「足りないものが、そのまま名前になる」という言い伝えがある。こうして小さな猫は、魚の名をもらうことになった。