字は暁遠、漢・周に歴仕した。二年前、臣節を守り新主に仕えなかったため、外官に左遷された。その後、宰相のおすすめがあったものの、五度も辞退した末に、ようやく遅れて新朝に出仕し、兵部官兼翰林学士に就任した。