テキスト建隆元年元日、開封の内城は一編の歌をきっかけに大乱に見舞われ、ここに天変地異の幕が切って落とされた。/w人心が乱れる中、ただ「酔花陰」のみが俗世を忘れさせる桃源郷として、悠然と佇んでいた。 乱が収まった後、花信風の首領にして当代門主である周恵は、かの日の歌舞を再編して一式の心法を編み出した。 これを「花上月令」と名付け、花が咲き誇り、月が照らす春風の夜を永遠に記憶に留めたという。