宣帝の時、破羌将軍辛武賢に兵一万五千を率いさせて敦煌に至らせ、使者を遣わして道程を按行させ、卑鞮侯井より西に渠を穿ち、穀を転輸して居盧倉に積み、もってこれを討たんとした。