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百工院は旧称を西坊という。建隆元年に朝廷が修造司官庁を設置し、各地の名工を集めた。財を手にした住民はこの地を離れた事から、百工院と改称されたが、今も西坊の通称が残っている。かつてこの地には栄陽邸氏の別邸があったが、邸氏が没落し、屋敷も長らく使われていなかったため、二年前に修造司が解体を行った。すると屋敷の密室から貴重な文物が発見されたため、奇異監を設置して保管することになった。ここには大工、鉄器工房に加え、窯場、染物屋、製紙工房、造船所が立ち並び、昼夜を問わず炉の火が絶えない。開封の水運の拠点・天京港もここにあり、漕運業務は全て青龍堂の手下が管理しているのだが、その理由は謎に包まれている。