唐の文宗が魏博節度使・何進滔の徳政を称えて建立。柳公権の書、唐文度の篆額(題字)で「石刻の傑作」と評されたが、北宋の大観二年、梁子美が徽宗の『五礼新儀』を刻むため原文を磨り消した。