天は人に材を与えれば必ず用いられる時がある。千金の散財ても、やがてまた巡り来るものだろう。盗聖の真の目的は散財かもしれぬ。しかし、無痕公子の誕生日を祝うのも、嘘ではないかもしれぬ。