テキスト

寒香尋の手から「離人涙」を受け取った時、天不収はかすかに「絶世影」の香りを嗅ぎ取った。 彼女の香がまた尽きかけているのだろう。 「翩たること驚鴻の若く、婉たること遊龍の若し」―これは曹子建が洛神に捧げた詩であり、天不収が洛神へ贈った最上の作品でもあった。 乱世の今、沈水香は千金の価値を超えていた。 幸い、活人医館には扶林国からの良品が残っている。この貴重な薬材を、彼は誰にも触れさせなかった。 濃厚で衣に纏わりつく沈水香は、邪気を払い心神を安定させる良薬でもある。 天不収は柳葉の刀で慎重に粉末を削り取った。薄く広がる粉末を見て歯を食いしばり、さらに二刀入れた。 彼はいつも最高のものを彼女に、最悪のものを自分に取っておくのだ。 忘仙郷は、寒さんが食材探しに出ている間も通常通り営業する、と告げた。 一方、清河の荒野では、契丹の斥候数名が何者かに毒殺されていた。 中毒死した者たちの内臓はどろどろに溶け、ハゲタカすら近寄らなかったという。 弱水で重傷を負った寒香尋が井戸底で療養していることは、誰も知らない。 目を覚ました夜、寒香尋は枯れ井戸で天不収と会った。 「勢いで動くなんて 良くないよ」 「私を疑ってるのか? 医者が人を殺すわけないだろう」と、寒香尋の咎める眼差しに、天不収はばつが悪そうにしたが、目の奥には笑みが滲んでいた。 (彼女には気づかれてるだろうな) 「経験不足で手加減を誤ったんだ」。寒香尋が去った後、天不収は軽く首を振った。 (彼女が無事でいられるなら、この手が血に染まっても構わない) 寒香尋の姿を見た者を消せば、彼女も安心できる。何より、あんなに深く傷ついていたのだから。 幾つもの香りが鼻腔を刺激し、天不収は現実に引き戻された。新しい香を調合し終えた彼は微笑んだ。 寒香尋の部屋を出る時、水時計が夜更けを告げていた。 柔らかな月明かりが小部屋を照らす中、彼女の銅鏡の横には真新しい磁器の瓶が置かれていた。