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天下泰平 兵甲出ず
右の蔵所の記録:
落雁槍――鄆州の朱瑾は軍中で勇士を募り、その頬に双雁の入れ墨を施した。百人一都の編制から、彼らの軍は「雁子都」と呼ばれた。その頃、鄆州を攻める後梁の太祖はこの話を聞き、数百の勇士を選抜して「落雁都」と名付け、漢賓を指揮官に任じた……
横衝槍――後唐の李克用は騎兵五百で「横衝都」を編成し、その将を養子十三人の筆頭である李嗣源に任じた。兵には一人あたり三頭の馬を配し、武器は横刀と馬槊を携え、明光鎧を着用した。兗州の戦いでは、わずか五百騎で葛従周の数万の軍勢を阻み、全軍無事に撤退した……
忠義の銀槍、最奥の蔵に収められている。必要がない限り、触れてはならない。