テキスト「烈考の諱は珍。魏博節度使の押衙親事廂虞候であった。公は若くして奇節を立て、人の上に立つ器量を備え、時の豪傑と交わり、死を恐れず義を重んじた。...その徳は郷里に広まり、人々に畏れられ慕われた。...乾符三年六月十一日、病を得て寛仁坊の私邸にて薨じ、享年六十九。...同年十一月二十四日、礼に則って貴郷県迎済郷蔡林に改葬された。恩寵により工部尚書を追贈された」