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酔花陰には常に喜びと憂いが交錯し、群英会の出演者が決まる前後では一層強まる。花信風たちはこうした若者の悩みを軽くあしらうのが常だが、心優しい弱蘭は違った。彼女はいつでも誰かの心の支えになろうとした。ある晩、雲華楼西側の池辺で舞の練習に没頭する少女と出会ったのも、そんな優しさゆえのことだった。 銀色の月光の中、弱蘭は静かに佇んで少女の舞を見守っていた。ふと気付いた少女の方が逆に驚いてしまった。 「ごめんなさい」弱蘭は少女の礼を優しく遮り、「その調子で頑張って。試芸で望みを叶えてね」と声をかけた。 弱蘭の励ましは、彼女の微笑みと同じく真心に満ちていた。しかし少女は突然涙をこぼした。実は、落選はほぼ確実だと悟っていたのだ。今回の群英会では「飛天の舞」が演目だが彼女には舞の才能がなく、同門が一度で習得する動きも、何度も繰り返さなければ身につかない。 少女は弱蘭に数ヶ月の苦労を涙ながらに語った。特別に選んでくれるとは思っていない。ただ今は「努力は報われる」という、たとえ嘘でもいいから慰めの言葉が欲しかった。しかし彼女の話を真剣に聞き終えた弱蘭は、意外な反応を見せた。 「え?あなたは舞ではなく歌を披露するんじゃないの?その歌声を辿って、ここまで来たのに」 予想外の言葉に、少女はぽかんとし、涙も自然と止まった。理解しきれない様子の少女に、弱蘭はいつもの穏やかな口調で続けた。 「舞と音楽は表裏一体。あなたの歌声は本当に素晴らしいわ」 少女は深く考え込んだ。やがて顔を上げると、涙の跡は消え、瞳に新たな決意の光が宿っていた。 弱蘭は何度も礼を言う少女を優しく見送り、雲華楼の「流香閣」へと向かった。そして普段は開けない衣装箱の最下段から、幾つかの古い衣裳を取り出した。牡丹模様が褪せた羅紗の衣装には、精巧な刺繍と連なった真珠が、往時の華やかさを静かに物語っていた。 普段は質素な草花模様ばかりを身に着ける弱蘭が、若い頃にこんな豪華な衣裳を好んで着ていたとは。今夜の出会いがなければ、彼女自身も忘れていた過去だった。牡丹の花箋の行方を気に病み、師匠・宋如煙の選択に悔しさを覚えたあの日々を。 しかし宋如煙こそ、弱蘭の心の迷いを一目で見抜く人物だった。 「一輪のみは景とならず。万紫千紅こそ春なり」 枯れかけた牡丹がかつて諭した言葉が蘇る。 「私はあなた方全員を、等しく誇りに思いたい」 そうだ。百二十日続く花の季節、二十四の花信風。幽蘭が牡丹に劣るなどと誰が言えよう?幽蘭がなければ、牡丹の美しさも半減してしまう。 弱蘭は古びた衣裳を優しく見つめ、いつもの穏やかな微笑みを浮かべた。そして衣装箱を静かに閉める。あたかも、過去の執着と迷いを優しく包み込むように。