テキスト
唐で三年、彼は重罪人を装って獄に入り、石掘りの苦役に耐えていた。
牢の隅にいた老人が嘲るように問いかけた。「心から大切に思う人はおらぬのか?一緒にいれば時を止めたいと思うほどの──」
その言葉に手が止まり、目隠しされた女の姿が一瞬、脳裏をよぎった。
「いない。ほかに為すべきことがある」とだけ答えた。
「時が来た、ようやく戻れるな。おまえもずいぶん待っただろう?」
彼は短く「ああ」と返し、別れも告げず馬に乗った。三年を無駄にし、これ以上の遅れは許されない。だが、その前にもう一つ、果たすべきことがあった。
彼は刀を収めて血を拭い、濡れた熱い眼球を丁寧に拭うと、それを寒石の匣に納め、大切にに懐へしまった。
三年前の湖底、彼女に出会った日を思い出す。願いを告げる彼の声に、彼女は静かに耳を傾けた。見えぬはずの目が、まるで本心を見透かされるようだった。鼓動が一度強く打ち、気失いかけた。彼女の返事は聞こえなかったが、何を求めても承諾してくれた。
「月神さま、どうか一人の命を救ってください」
「分かったわ」
「そのためには多くを殺すかもしれない、しかも善良な者たちを」
「構わない」
「見返りに何を望む? 目はどうだろう」
「いいわ」
そうして月神に助けを請い、代償として「一対の目」を差し出す約束を交わしたのだ。
――しかし彼は三年遅れてしまった。まだ怒っているだろうか。
月湖に着くと、水は変わらず澄んでいた。みすぼらしい自分の姿を見て、思わず乱れた髪を直した。
やはり遅かった。
三年。
三年前、彼は三日待ったが、彼女は湖の底でずっと彼を待ち続けていた。
罪は償いきれなくても、彼は誓いを果たすつもりだ。どんなことがあっても――
震えた手で、手紙にはこう記した。
「君に、新しい目を贈る。」
最後に梨秦秦と署名し、静かにその名を囁いた。
湖を離れながら、彼は一度だけ振り返った。彼女の瞳に光が宿るところを、そこに映る自分の姿を見たかった。もしあのとき――だが、もう「もし」はない。