テキスト晋王・公清は、燕北盟を率いて清河を守り、数季にわたって侠の心で民を治めた。民の訴えがあれば、公は直ちに裁き、誠の道を行ったという。のちに軍を率いて北進し、晋の藩を守る楯となる。 丙午の年、異民族が襲来し、王公と部下の侠士たちが祠ごと焼かれた。人々は悔しさを抱え、像と碑をこの地へ移した。のちに訪れる者、侠の心を継ぐなら王公の前で三度礼をせよ。 敬して記す。烈言。