テキスト
張淮深の刀術は叔父から授かったものだ。
叔父の教えでは刀術に三つの境地がある。
──凡人は刀を用い、名人は刀を聴き、達人は刀を抜かぬ。
これは刀客が技を交えるときの話である。凡庸な者はただ刀を粗雑に振るい、才ある者は刃先が届いてから音が響く。最も刀を極めた者は、刀を抜かずとも敵を退けてしまうのだ。
「刀を抜かずに、どうやって敵を退けるの?」
若き日の張淮深は叔父を見上げ、問いかけた。
「抜かれぬ刀こそ、世で最強の刀だと皆が信じているからだ」
「人は未知を畏れ、鞘に納まる刀には想像と恐れが宿る」
「抜かれれば神秘は消えるが、その瞬間を誰もが待ち望む」
「…みんなが首を長くして待つぶん、その一撃はより輝くのか?
叔父はしばし考えてから言った。
「その瞬間を待つだけに、最も輝く一撃となるだろう」
張淮深は、叔父もかつては無邪気な若者だったのかもしれないと思った。
だが考えを重ねるうちに叔父は長安へ去り、聞きそびれたことの多さに気づいた。
年月を経て張淮深の刀術は研ぎ澄まされ、見る者を震え上がらせるほどの域に達した。敵はもちろん、味方でさえ彼を恐れた。
その恐れは積もり、いつしか闇の泥沼となった。
彼は達人の話を思い出し、泥沼を断ち切りたいと願った。
だが刀を抜くことができなかった。
すると彼は悟った。自分の刀には既に鞘があり、その鞘は長安にいる叔父なのだと。
普通は鞘が刀を守るが、彼の場合は刀が鞘を守ろうとしていた。刃があるかぎり鞘はあり続け、刃が折れぬかぎり鞘は滅びない。
彼は長年自らの刃を隠すうちに、守りたい相手が弱点となり、誇りは自らを縛る檻へと変わった。
だが、鞘が涼州へ戻った日、涼州の人々は刀の悲鳴を耳にした。
ほんの一瞬、人々は世で最も輝く一撃を目撃したのだ。
それ以来、刀は再び抜かれることはなかった。