テキスト
「某月二十二日」
墨門の学びでは空論や無駄を嫌う。
今回の遊学も門規に従い、帰山の日には己の心から仕掛けを一つ作ることになっている。
世に出て三か月余り、設計図は白紙のまま。何の手掛かりもなく、師に顔向けできぬ。
気を紛らわし、民の暮らしにも触れようと、汴梁東の郊外で農作に手を出す。
「某月二十四日」
ほぞ継ぎの仕組みは解けても、先延ばしの癖は解けぬ。
田に出れば悩みは消える。畑仕事。
「某月二十六日」
仕掛けで民を助けず、一人一鋤で天下を耕せるはずもない。
丘影よ丘影、なんという体たらくだ。
「次月一日」
農家の子に東田の瓜を一つもらう。
排水が悪く、甘みが足りない。仕掛けで水路を分ければ良くなるかもしれぬ。
畑仕事。
「次月三日」
同門の旧友・閻舒にばったり会う。高慢な男で、昔から議論しては言い負かされても認めぬ。だから「閻王」などと呼ばれるのだ。
帰山の仕掛けはどうだと聞かれたが、あちらは妙に自信満々。
腹が立つ。やはり畑が一番だ。
「次月五日」
再び閻王に会う。
「「丘兄、農が楽しいなら灌漑を題にしてはどうだ?」
軽口かと思ったが...
案外筋が通っている。
「次月十日」
墨者の学は実用第一。木一本も柱となり、革半枚も履物になる。
水路を引き畑を耕すにも刃が足りぬところ、閻王が百錬鋼をくれた。磁州の良鋼だ。
普段は嫌味ばかりの男だが、たまには役に立つ。
「秋月十日」
師の教えを背かず、水路の仕掛けはひとまず完成。あとは同門と改良を重ねたい。
本日、山へ戻る。
借りが一つできたな。閻王にも礼を言わねば...と思ったが、ここしばらく姿を見ていない。
「冬月十二日」
あれ以来、閻舒を見ていない。
手記を遊学中の同門に託し、手紙も添えた。もし彼に会ったら渡してくれと頼んである。