テキスト

煮上がった豆乳が沸騰し、ぐつぐつと泡を立てはじめる。豆の香りがふわりと広がっていった。 三十歳になった胡三粒は、ふと振り返る。いま、妻と息子は隣の部屋で眠っている。子供の頃の自分は、父が豆腐を作る音を聞かないと眠れなかった。けれど今は、息子が自分の豆腐作りの音を子守唄にしている。 彼は上澄みに浮かぶ豆の泡を、静かに掬い取った。ここからがいちばん難しい。かまどの前に立ち、全身の力を込めて梃子に体重をかけ、豆かすと豆乳をきっちり搾り分けなければならないのだ。墨山道の水車製粉機を使い始めてから、豆を挽く時間は二時間まで短縮された。もっと速く、もっと速く。そうできれば、今夜のうちに四丁の豆腐を作り終えられる。 夜が明けて、今日の豆腐を売り切っても、妻と息子と過ごす時間は、まだ残っているはずだ。